小さなインパクト part4

 テストモデルをOKした翌日にはハルカさんの方からメッセージが来た。
『おはよう!今日も勉強頑張るんだぞ』
当たり障りのない挨拶だったので僕の方も
「おはようございます、ハルカさんもお仕事頑張って下さい」とだけ返した。
僕はあまりにも こういうやり取りに慣れて無さ過ぎだ。
男友達ですら少ない僕は高校でも片手で数えるくらいしか女子と言葉を交わさなかったくらいなんだから。
気になる子はいた。
しかし遠目から眺めるだけで とうとう卒業まで一度も会話も出来ず終いだった。
そんな僕が女性とLINEで日常的にやり取りをしている。
それだけでもドキドキしてしまう自分が少し情けなく感じた。
大学の同級生達は彼女も普通にいて、世間で言う青春を謳歌してるというのに。
それでもハルカさんとのLINEが僕には十分に刺激的なのも事実だ。
 
その日の夕方、今日2度目のメッセージが来た。
『学校、お疲れ様~ ヒロト君の都合はいつくらいがいいのかな?』
早くも本題に切り込んできた。
もう後には引けないので正直に答えた。
「まだアルバイトとかしてないので、学校が終わればいつでも大丈夫です。曜日によっては3時に帰宅しますし」
『そっか~ じゃあ来週の火曜は何時から空いてる?』
「火曜なら2時半に終わるので3時には駅に戻って来てます」
『良かった♪ とりあえず その日に少し撮影してみましょうか』
「わかりました」
 
いきなり明日とかにならずホッとしたけど、ほぼ一週間ソワソワして待つのもキツいかもしれないな・・・
 
もう頭の中は下着モデルの事でいっぱいになってしまってネット販売のサイトを参考までにチェックしたり、付け焼刃だとは分かっているけど 腕立てとかも始めた。
一週間で体が変わるもんじゃないけど、やっている方が自信の無さを少しでも緩和できそうな気がするからだ。
 
そうだ!ハルカさんにアドバイスを貰っておく方がいいかもしれない。
それに・・・LINEをする口実にもなる。
しかし返ってきたのは『準備? 何もいらないよ~ 下着を着けてもらって私が撮影するだけ♪』
まるでこっちの気持ちなんか考えてもないような あっけらかんとした返事だった。
以前にハルカさんから送られてきたテスト撮影のサンプルはまともに見えた。
口ぶりだとハルカさんはプロとかじゃないみたいだから 結局はモデル次第なのか・・
何だかアドバイスを求めた事が かえって自分を追い詰める形になってしまった。 
鏡の前でポーズを取ってみたりしたけど、自分では間抜けにしか見えない。
ハッキリ言えば華が無いという姿だ。
一体、ハルカさんは僕のどこを見て素敵なんて言ったんだろうか。
やっぱりお世辞だよなぁ・・・
 
とにかく、出来る事はサイトのポーズを真似る事と自宅筋トレくらいだ。
部屋なら誰にも見られないし 毎晩やっていこう。
 
朝と夕方にハルカさんとLINEでやり取りするのが日課のようになって、それは何となく励みになっている。
僕の方はこれと言って話すネタが無いのが問題ではあるが、ハルカさんはそんなこと全く気にする様子もない。
当然、下着の話も出る。
『当日は5種類だけ用意していくからね♪』
と、前のめりなメッセージにも僕は 「わかりました」くらしか返せない。
女性とのコミュニケーション下手がモロに出ているやり取りが普通になってきている。
そんな所も気にしてないハルカさんには助けられているかもしれない。
 
そうこうしている内に、火曜当日になった。
『おはよう。やっと今日テスト撮影だね♪』
僕からすれば呑気とも言えるLINEが来たけど、こっちは落ち着かない。
「何かもう緊張してます」
と、素直に言ってはみたものの
『大丈夫よ~ 軽く撮影するだけなんだから』と予想通りの返事だった。
 
学校も休むわけにはいかないので出席はしたが、案の定 撮影のことばかり考えてしまって何も頭に入って来なかった。
ランチは学食ではなく、持参して行ったダイエット用代替食の栄養バーをポリポリかじりながら牛乳で流し込んだ。
別に痩せようというわけじゃないがガツガツ食べる気分にならなかったからだ。
何も悪い事じゃないのに なぜか後ろめたさのような感覚があるのはどうしてだろう。
まるで大人の世界に一歩踏み込むような気持になる。
午後の1コマに出席する前に中庭の木にもたれかかってボーッと想像する。
今日までに数えきれないほど繰り返しイメージした光景だ。
 
ふと疑問に思った・・・
撮影って1対1?
照明さんとか他にもスタッフがいるかも?
もしそうなら 今日まで想像してきた事より数段恥ずかしい。
今になって気付く自分に嫌気すら差した。
勢いでテスト撮影を受けると言ってしまったから細かい点まで頭が回らなかった。
今日になって聞いてもどうしようもない。
仮に他に何人かいたとしても当日キャンセルなんて出来るわけがない。
どうして今までそこに気付かなかったんだろう。
でもハルカさんは繰り返すように 軽い撮影と言っていた。
それなら本当にハルカさん一人がシャッターを切るだけなのかもしれない。
あぁ 無駄だと分かっていても頭の中は まだやってもいない撮影風景で一色になってしまう。
なるべく考えないようにしよう、なるべくだ。
僕は急に重くなった腰を上げて午後の授業に向かった。
 
コマ割りだと1時半から3時まであるが、この先生はいつも30分早く終わる。
今日もいつも通り2時半に終わって、皆 静かに教室を出た。
 
ひとまず連絡を入れる。
「予定通り授業は終わりました。今から駅に向かいます」
この一文を送信するのに どれだけ勇気が必要だったことか。
ハルカさんからは即座に返事が来た。
『授業お疲れ様~。私はもうすぐ準備終わるから3時に駅で待ってるね♪』
この温度差には未だに慣れない。
 
駅に到着する頃には耳の中で自分の鼓動が聞こえる程になっていた。
改札を出ると笑顔で手を振るハルカさんがいた。
『ごめ~ん、この荷物持ってくれる?』
そこには大きな平たい四角のバッグがあった。
「これは何ですか?」
『照明機材が入ってるの。ヒロト君なら軽いっしょ♪』
持ってみると確かに機械が入ってる重さだったが僕には何て事ない。
『さっすが男の子♪』と言って肩をパンと叩かれた。
完全に子供扱いだけど、ハルカさんからすれば僕なんて子供みたいなもんなのかな。
 
「ところでどこで撮影するんですか?」
歩き出したはいいが、行き先を知らなかった。
『すぐそこのホテルよ』
「ホテル!?」
その単語に思わず足が止まりかけた。
「ホテルと言うと・・・?」
『この近くにミラージュってホテルがあるでしょ。そこよ』
「ミラージュって、確かラブホテル・・・ですよね?」
『ラブホテルだけど、取って食べたりしないから大丈夫よ(笑)』
冗談交じりに言われたが ホテルと言うワードがあまりに予想外過ぎて それ以上は言葉が出て来なかった。
5分も歩かない内に目的のホテルに着いた。
『ここに真っ白の部屋が一つだけあるの。さっき電話で確認したら空いてるって言うからさ』
 
ロビーに入ると部屋を選ぶパネルがある。
ハルカさんは迷わず504をタッチして
『さ、行こうか♪』とサッサとエレベーターの方に歩いて行く。
もう言われるがままに後を着いて行くだけの一人ブレーメン状態だ。
初めて入るラブホテル。
それも唐突にだ。
さっきまでの緊張感が否が応でも倍増する。
エレベーターはかなり狭く、2人の距離が必然的に近い。
ドギマギしながら目のやり場に困った僕はエレベーターの階を示すランプを凝視していた。
 
5階に到着して扉が空いたので、開ボタンを押してハルカさんを先に出させた。
『あら~けっこう紳士なのね♪』
「ぃゃ・・あの・・なんか自然に・・」
返事に困ってる僕を見て ふふっと笑ってトコトコ歩いて行く。
初めて会った時からずっとからかわれている感じだ。
 
『ここだね』
と言うハルカさんの頭上には504というランプが点滅している。
僕にとって未知の世界が扉の向こうにあると思うと、そのランプを見たまま少し固まっていた。
『そんなに緊張しなくて大丈夫だから~♪』
僕の心境を察したハルカさんが扉を開けて中に入って行く。

 
意を決して僕も無言で扉の中へ入った。