小さなインパクト part2


 あの夜、汚してしまったパンツをこっそりとシャワーを浴びる時に自分で洗った。
不意に母親が入って来たら干してあるパンツを見られてしまうかもしれないから 扇風機で必死に乾かす自分が少し哀れにすら思えた。
 
きちんと付いていたタグに書かれていた社名を検索したら、意外にも最寄り駅の近くにあるビルだった。
母親の後輩が勤める会社なら近所でも別に意外じゃないか・・・
通学の度に知らずに前を通っていたんだ。
翌日、帰宅途中に何気にビルを見上げた。
6Fと書いてあったから、ビルの中の一室をテナントとして使っているのだろう。
窓にそれらしいロゴのような物が見てとれる。
オフィシャルのホームページは無かったから営業人員だけでやっているんだと思うが、よくそれで経営が成り立つものだと社会人ですらない僕なりに少し関心した。
それ以来、前を通る際にはビルを見上げるのが習慣のようになっている。
 
ある時、アクセサリー作りの材料を買うため 駅の裏側にあるショップに寄った後、店の前で例のビルから出て来るセールのお姉さんとバッタリ遭遇した。
 
『あら♪こんにちわ』
こっちに気付いたお姉さんに気さくに挨拶をされて一瞬だけ戸惑いつつも
「ぁ、どうも」と素っ気ない挨拶を返してしまった。
裏口から出入りしていたから今まで遭遇しなかったんだと理解すると同時に
僕はお姉さんと会うのを期待していたのか?と頭の中で変な自問自答をしていた。
 
『学校の帰り?』
「はい、ちょっと買う物があってこの店に寄ったんです」
 
店を少し眺めて あーなるほど という顔をしている。
僕の趣味を覚えていてくれていたのが分かって 何か少し恥ずかしいような嬉しいような気持になった。
 
『せっかくだし、少しお話でもしましょうか♪』
ニコニコと言うと僕の返事も聞かずに さっさと隣のカフェに入って行った。
何だかかなりマイペースな感じが母の性格と重なる気がする。
だから先輩後輩でウマが合うのかもしれないな。
 
店内の隅の席に座ると『何でもオーダーしていいよ』と言われたものの、特にお腹がすいている時間でもないのでケーキとコーヒーのセットを頼んだ。
お姉さんも別のケーキをオーダーした。
ショーケースにある中から出して来るだけなのか、それらはすぐに運ばれてきた。
 
何だか気まずい雰囲気を勝手に感じてケーキを一口食べると
『この前はごめんなさいね、下着とか別に興味無かったでしょう?』
と不意に指摘されて
「ぃ、ぃぇ別に大丈夫です」
と相変わらず味気ない返事しか出来ない自分が恨めしくもなった。
 
『先輩もきっと自分の下着とか興味ないと思ったんだけど、つい頼っちゃって。
そこにヒトロ君がタイミング良く帰って来たもんだから犠牲者が増えちゃったね(笑)』
と、特に申し訳なくも思っていない様子でコロコロと笑ったが、その顔は同世代の少女と変わらないくらいだった。
自分から何と発していいか分からないでいると彼女の方から再び話し掛けられた。
 
『あれから買ってもらった下着は使ってる?』
いきなりの直球な質問にかなり戸惑って
「あれからは・・・履いてないです・・・」とバカ正直に答えるのが精一杯だった。
『やっぱりそうよねぇ、興味ないって感じだったもの』
セールスをしている人には言うべきではなかったか・・と後悔しても遅い。
「ぁ、でもあの日はずっと履いてました」
自分なりのフォローのつもりだった。第一、本当の事だ。
『そうなんだ!ちょっと嬉しい♪』
なぜ僕の方が気を使うのか? 普通は逆なんじゃないかと思ったがマイペースな人に飲まれるのが僕の悪い癖だ。
 
『似合ってたけどね~、それにしても恥ずかしそうにしてるヒロト君が印象的だったわ』とクスクスと笑っている。
「そりゃ初対面の人の前でパンツ姿は恥ずかしいですよ・・」
『でも初対面じゃないかもよ』
「えっ!?」
『1ヵ月くらい前に駅前で盲導犬の募金活動してる人達がいたけど、ヒロト君あれに募金してなかった?』
「はい、しました」
『やっぱり! 試着の時に もしかして・・・って思ったんだけどね。そういう流れじゃなかったし。だから初対面じゃないのよ♪』
「ぃゃ~それって ほぼ初対面と同じでは?」
『あはは、確かに♪』
また屈託なく笑う。
 
「それにしても僕みたいな地味な人間をよく覚えてましたね」
『若いのに真面目な子がいるなぁ でも若いからこそ真面目なのか。 なんて思って見てたの。それにヒロト君は素敵よ♪』
こんなに分かり易いお世辞があるだろうか。
自慢にはならないが、高校の時に室長を決める投票で唯一男子で0票だった僕だ。
存在感の薄さや地味さには変な自信がある。
百歩譲ってお世辞じゃないとしたら また僕をからかっているんだ "あの時" のように!
 
『だってヒロト君、とても綺麗な体してたから♪』
「え?体ですか・・・?」
全く予想もしてなかった方向からの指摘に一気に頭の中が混乱した。
『無駄な贅肉が付いてなくてスラっとしてたし、それにとっても綺麗な肌だったよ。若いって凄いなぁなんて思ったの』
「自分では特に思ったこと無いですけど・・・」
『スポーツ何かしてたんでしょ?』
「小、中、高とバスケをしてました」
『それでか~、スタイルいいもんね♪』
 
男女逆だったらセクハラと言われかねない内容だが、褒められるという経験が皆無の僕は照れると同時に何だかムズ痒かった。
思えばこの人は僕の股間をさり気なく触ったんだ。
こんな会話、お姉さんからすれば何ともないのかもしれない。
と言うか また僕をからかっているのか?

『そうだ!ヒロト君、モデルしてみない?』
唐突な言葉に頭が真っ白になってポカーンとしていた。
「・・・モデル?」
『そう、カタログを作る予定なんだけどモデルがいなくてねぇ。ヒロト君ならスタイルいいからピッタリだわ♪
いずれはホームページも作って販路を拡大しようって話になってるのよ』
「ぃ・・いやいやいやいや、僕がモデルなんて無理ですよ!」
つい強い語調になってしまったのも当然だ。
この僕がモデルなんて妄想でもしたことがない世界なのだから。
 
『別に顔は出さなくていいのよ。首から下だけだから恥ずかしくないよ。それに先輩の息子さんなら私も安心だし』
「いや、顔を出さなくても恥ずかしいですよ。こないだの試着だって恥ずかしかったんですから。無理無理無理・・・」
半ばパニックになった顔を左右にブンブン振っていた。
 
『そっか~残念。ピッタリだと思ったんだけどなぁ。でも急に言われても確かに難しいよね』
内心、そりゃそうでしょと思いながら「すみません」と小さな声で謝った。
それにしても何て事を言い出すんだ、本気なのかな?

その後はケーキ美味しいねくらいの他愛ない会話を交わしただけだった。
帰り際に 『もし気が変わったら連絡して♪』と名刺を渡されて、困りながらも一応は受け取った。
 
帰宅するとベッドで大の字になり、ボーッと今日を振り返っていた。
心のどこかで会いたいと思っていた事は 今日の出来事で自覚した。
まぁ一度はオナニーの想像をした対象だ、考えてみれば当然かもしれない。
しかし・・・何だろう
2回しか会った事がないのに、2回とも妙に疲れるというか 表現としてはおかしいがトラブルメーカーのような印象を持ってしまう。
すっかりペースに飲まれてカフェで御馳走になってお礼も言わずに帰って来てしまった。
 
名刺・・・一之瀬遥、ハルカさんって言うんだ。そう言えば名前知らなかったな。
いかにも下着のセールスらしく、薄ピンクのカードに名前と電話番号が書かれている。
なんだか風俗店の名刺っぽい気もしたが、そもそも僕は風俗店には行った事がない。
仕事用のスマホなのだろうか、LINEのIDまで載っている。
とりあえずお礼を言っておかないと、あくまでもお礼だけ。
しばらく悩んだ挙句、そう自分に言い聞かせるようにしてメッセージを送った。